意思疎通は大切

  • 言葉とは限らない 
  • 好意的でも好意的反応とは限らない 
  • 反論はいいが妥協を忘れず 
  • 気付いたことを吟味する 
  • 割り算ではない
言葉とは限らない

通じ合うというときに、その手段は言葉だけではありません。感謝が何かさり気ない態度で示されていたり、愛情が料理に込められていたり、何かを頑張ってアピールしたり、自分の姿を見せて何かを教えたり、と表現されていることは言葉以外の方が案外やりやすいので多いものです。そして、悲しみや苦しみの意思表示はなされていても理解しにくく見えにくいものだったりしますから、悲しみや苦しみの存在には誰もが気付きにくいです。悲しみや苦しみの場合は、はっきりと口に出来ている場合は、そこに寄り添いやすく、聞かされる内容はいたたまれないものですが心から寄り添えている限り、安心感を与えてあげれます。寄り添うというのは、いろいろな求めに応じることではありますが、全てに応じるということでもありません。ただ、応じられなくてもあなたの方をきちんと向いているよという想いを何らかの形で示せて、あなたから気持ちは離れていないということが伝わっていると問題ありません。言葉は、便利ではありますが、かえって意図が伝わりにくいこともありますから気配りが大切です。

好意的でも好意的反応とは限らない

誰にでもあることですが、物事をわざと荒立てる必要もないので当たり障りのない反応を示すということを様々な場面で行います。これは、自分が冷静であるとの証明でもあります。自分に向けられる批判であるとか不遜な態度であるとか距離感を無視した一方的親近感などを向けられると、普通は拒否反応が強く出ますから、排除しようとしたり対抗しようとしたりして興奮してしまうものです。さらに強い固着化ということが問題になる人もいます。固着化とは、何かがあった瞬間だけでなく、たった一度のことであっても許さない許せないという気持ちを抱き続けることです。これは、嫌悪というイメージが元々あると起きやすいです。人に対してではなく、自分の理想が妨げられる・自分のルールを曲げさせられると感じたりする時に出てくるものですが、本人は人に結びつけてしまいます。お伝えしたいのは、事を全く荒立てないというのが大事であるということではなく、事を荒立てる必要がないと思えるケースが増えていけば、自分が解放されるということです。事を荒立てれば、普通の人は労力を使い消耗します。物事を受け止めつつ、冷静に対処出来れば、自分を削ってしまうような回復の難しい状況に自分を追い込まなくて済むのです。

反論はいいが妥協を忘れず

自分の伝えたいことを言うというのは、一歩間違えると単に相手を非難し相手に何らかの改善を求めるとか一方的なものになってしまいます。また、相手の考えがわからないのに先走って提案などをすると相手の考えと衝突するかもしれません。自分の意見を言いたい時は、誰しも出し切りたいと思いますが、出し切ろうとする所に双方の間の険悪な雰囲気や相手の立場の弱さなどがある時は、行き場のないエネルギーが生まれます。行き場のないエネルギーは、非常にこわいもので、対処が難しく取り除くのに手間がかかります。そのようなエネルギーを生み出さない為には、自分が正しくても一歩手前でやめることが必要です。やり切れば、自分は気持ちの整理がついたような気分になりますが、運という観点からは一方的なものは必ずマイナスにつながります。

気付いたことを吟味する 

物事に正解はありません。だから、こうしたら必ず悪いことが起きないというものは見つかりません。しかしながら、自分のあり方を見つめ、常に修正していくというのは、良い運気を引き寄せやすく、好ましくない状況から離れるということをたぐり寄せやすくはなります。自分のあり方を見つめ直すには自分の周囲の人に、自分が何を出来るのかを考え続けることです。考えるというと答えを求める人が多いですが答えはありません。人というものは常に変わっていきます。つまり、人に対応するということは、自分も変わり続けるということです。そこで、大事になるのは、自分が行動したら、周囲がどのような反応を起こしたかをよく精査することです。答えはないのですが、自分のあり方を方向づけてはくれます。大事なのは気付いたことをヒントに自分が今、どう対応するのが周囲が心地よいと感じるのかということです。

割り算ではない

物事がスムーズに運びやすくなるには負担ということを意識から外さないとうまくいきません。完全に一人で誰とも接するということがないならば負担という問題は生じませんが、特に家庭がある方は、この負担ということが非常に問題になりやすいです。
家庭において、物事を何か進めるにあたり食い違いが出たり、誤解が生じたりするのは、この負担の意識が生じてしまうからです。負担とは同じ目的を持って歩んでいくのであれば、均等でなければならないという理由で問題になります。
負担が頭をもたげてしまうと、何かの順番が気にくわないとか言った通りに出来ている出来ていないなどと、些細なことで揉めることが止まらなくなります。
慣れた関係であればあるほどこういうことが、お互いにわかっているのが当然という意識でいる為、歯止めがききません。
負担という意識を消すには均等に何かを配分するということが本当に家庭という場においてマッチするのかということを考えないといけません。均等にするというのは、非常に労力のかかることで非効率です。例えば、会社などでは、規則をしっかり構築し罰則を設け統制をはかります。そして、マニュアル化し、誰がやっても同じ結果が出るような仕組みを作ります。会社であれば、大きな周期でしか何かしらの変動というのは起こりませんから、作り上げたシステムを長く使い続けられます。しかしながら、家庭は、そうはいかません。日々、変動していくもので、そのようなシステムの上で単純に解決出来るものではありません。ですから、家庭では、臨機応変に柔軟に発想して物事に対応するしかありません。ひとつひとつの作業を量を割るのではなく、家庭に対する貢献度を見つめていくのが大切です。

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