運命が塞がる行為

  • 先行して考えて欲しいという要求 
  • 出口のない要求 
  • センスを否定 
  • 時間を急がせる 
  • 探りの範囲の逸脱 
  • 共有体験で思い知らせる

誰かに何かを求める時、気を付けないと相手を身動き出来ない状態に追い込んでしまっていることが多々あります。それは、結局、全て自分に返ってきますから、誰かに対して何かを求めるならば以下のことに気を配っていきましょう。

先行して考えて欲しいという要求

言われる前に動いて欲しいというのは、相手に対して常に緊張状態で構えていろというようなものです。先を読んで行動するというのは、ルールの中で動くという中では、パターン化されているので先を読みやすいので可能です。しかしながら、個人間で先を読むというのは、かなり高度な内容となり、それを求めてしまうと相手は破綻してしまいます。先を読むというのを個人間で求めるならば、自分側が完全にルールに則り動けなければなりません。自分側がパターン化された完璧な行動が可能ならば大丈夫ですが、普通、人は感情で動くものです。つまり、そこには読むことの出来ない未知のパターンが出てきてしまいます。それを想定するのは不可能です。また、人の気持ちには応えるもので、そこに気持ちの通じ合いが生まれてきます。先を読んで型通りに進めるのは、衝突は避けれますが、虚しさが漂います。

出口のない要求

助け合うという概念のない要求は、非常に攻撃的なもので、自己の責任を放棄する身勝手な行為と受け取られます。助け合いとは、完全に均一にするということではありません。量・質を根拠にして、自分はこれだけやったから、あとは知らないというのは役割の放棄に他なりません。助け合いとは、率先して自分が動くと、協力してくれる人が出てくるということです。それは、自分の身近な人が直接、助けてくれるという形かもしれませんし、直接は助けてくれなくても自分の胸の内を聞いてくれるという形で親しい人が出てくるかもしれません。助け合いとは、共同作業という側面もあれば、心を支えてくれるという側面もあるので作業の分担に意識が集中してしまうと、いつの間にか作業の押し付け合いになり、自分の心はすさんでいき、何にも満足できず、満足出来ないから要求ばかりして事態が収拾不能な状態になって完全に自分を見失います。

センスを否定

何かを選ぶ基準は運命的には明確な理由があるので、占いとして、示すことが可能です。しかしながら、日常生活においてもし、自分で何かを選ぶならば、基準は存在しません。基準とは誰がどうみても、そうだと判断がつくということです。人には各々、趣向や好みがあるので、何かを選ぶ基準はバラバラであることが普通です。つまり、人が何か選んだものに対して、自分の感覚をもって否定するのはナンセンスであると言えます。否定が軽いもので、否定された側に何も印象が残らなければ、特に問題はありません。もし、否定が度重なり、否定された側が深く何かを刻み込たれてしまうと、個性を破壊し、自分で何かを決めることにトラウマが出てしまいます。人が選んだセンスは、何か他人に迷惑となるものでなければ、安易に否定しないことが大事です。

時間を急がせる

人が何か行動するときに重要なのは、迅速に自分のペースで実行することが出来ているかです。自分のペースというのは、行動を意識的にスピードアップ出来ていることであって、一般的にイメージするマイペースとは違います。マイペースにはスピードの意識はなく、自分が心地良いやり方という少し自分中心の考え方で、状況によりマッチする時とそうでない時があるものになります。マイペースな方は、人から乱されるということがないですが、周りも見えていないので巻き込まれた方は大変です。行動する際に、自分のペースで出来ていれば、予期せぬ出来事にもそのスピードの流れの中でスムーズに対応が可能です。このペースを破壊するのが、流れの中途で横槍を入れる行為です。予期せぬ出来事と横槍の違いは、緊急度合いが高いか低いかの違いです。緊急度合いが高いと認識した場合には、良い意味で緊張感が高まり流れが保たれます。緊急度合いが低いと認識した場合には、緊張感が切れ、やる気を失います。流れの途中で人に何かの要求を出す時は、その流れを断ち切って邪魔してしまうリスクを考えなければなりません。流れの途中で横槍になることになってしまうのは、意味のない時間的制約や意味のない追加の要求を相手に意識させてしまう時です。

探りの範囲の逸脱

状況というのは刻一刻と移り変わっていくものです。その状況に振り回されない為には、ある程度、事前に情報を把握しておくことは必要なことです。周りの意図を把握し、ある程度の予測があれば、あとは自分さえ柔軟に発想し立ち回ることが出来れば、事を荒立てることなく進めることが可能になります。しかしながら、周りの意図を把握する際に、状況を壊してしまう人がいます。周りの意図を把握するのは、あくまで、どんな状況になろうとも自分がフォローしていく為です。状況を壊す人は、相手の出方をコントロールしようとし、相手の意図の封じ込めをはかります。その為、相手の意図を自然に引き出すのではなく、相手の意図を根掘り葉掘り聞き出そうとしてしまいます。これは、非常に不快な印象を相手に与え、事と次第によっては衝突を招きます。情報を引き出すのは、自分が全体の為に動く為であって、全体を支配しようとすれば、重い雰囲気に包まれて円滑に物事は進まなくなります。

共有体験で思い知らせる

誰しも自分の努力や想いを理解して欲しいと望むものです。ですが、努力や想いは、そう簡単に気付いてもらえるものではありません。それは、自分自身に負荷がかかっているだけのことは説明しても伝わりにくいものだからです。そもそも、努力や想いは物事の過程では、判断基準がないので人の評価を受けにくいものです。物事の過程では、経験則や知識で答えることは出来ても、努力や想いをわかって欲しいというところには中々、寄り添うのは難しいことです。また、反対に、そういう努力や想いを理解しようとしている方に対して、その方が、わかろうと日々を過ごしているにも関わらず、そのわかろうという気持ちを理解していないこともあります。そのような状況の中で、わかってもらえないと、同じ体験をさせてやろうと間違った共有を持ち出すケースがあります。共有体験とは、同じ意識の人が同じ感じ方をするということで、強制するものではありません。強制は、自分の負担を減らし相手の負担を増やすということなので、共有出来るものは何もありません。共有出来るものがなくなった時、全ては瓦解してしまいます。

お気軽にお問い合わせください。090-5648-2582受付時間 9:00-18:30

お問い合わせ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

気概と実践