厳しさの方向性を見つめてみる

厳しい状況が向こうからやってくるのと厳しい状況に自分から向かっていくのとでは意味が違います。


厳しい状況が向こうからやってくるのはまさに試練です。


こういう試練の先に得がたい何かがあります。
これは自分で選ぶことが出来ませんので好むと好まざるとに関わらず難しい状況がやってきます。


試練は何か光り輝くものを持っている人にしかやってきません。
こういう試練に直面したとき誰でも逃げたくなります。それが普通です。


だから、逃げてもそれは間違いだとか選択を誤ったということではありません。
また、損を被るということでもありません。


ただ、試練を越えた人にしかわからない境地みたいなものがあり、試練を被るということは何かの可能性を大いに秘めていますからやっていく価値はあるだろうということです。
何が花開くかはわかりません。


これに対して厳しい状況に自ら突っ込んでいくというのは楽な方へ好んで向かった結果そうなってしまったということです。


楽な方へ好んで向かった時の気持ちのベースは自分の為だけに時間を使いたい他の人に気を遣いたくない自分が損しないようにしたい、上からものを言われたくないというものが全てあります。


つまり自分中心で動きたいということです。
こういう時、自分では楽をしているとか面倒を避けれたとか得をしている気分になるのですが実は後々、そのつけは払わされます。


この楽を選ぶというのは試練から逃げるということとは違い行為としては完全に間違いといえます。試練から離れるのは時に必要なことです。それは与えられた試練は受け入れるか受け入れないか選んで良いからです。

しかしながら自分中心で動くというのははっきり言えば好き勝手するということです。試練から離れるのとは全く意味が違うのですね。
好き勝手していると方向性としては良くない厳しい方向に向かうのは言うまでもありません。

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